mechanical pencil(シャープペンシル),
acrylic,
illustration board 36×26×0.1cm(B4)
2019年
このアートワークは“雪に満ちた塔(Snow-filled tower)”の外観図。
“謁見室”から彼女を見たアートワークが“雪に満ちた塔(Snow-filled tower)”。
塔の高さは3000m。塔内部の天井には雲が発生している。
This artwork is external view of “Snow-filled tower”.
Artwork that looked at her from “audience chamber” is “Snow-filled tower”.
The height of the tower is 3000m. Clouds are generated on the ceiling inside the tower.
※リンク(Link)
→雪に満ちた塔(Snow-filled tower)
※リンク(Link)
→《大いなる種族(大天使)カタログ(The Gigantic Tribe(ARCHANGEL) CATALOGUE)》Page 2
《物語(Story)》
【雪に満ちた塔(Snow-filled tower)】
雪が降り続いている。
降ることなど決して無いこの塔の中で。
1年ぶりに会う彼女は腰まで雪に埋まっていた。
エレベーターで上りながら突如目の前に現れたその肌理細やかな肌をうっとりと眺める。
彼女に謁見する為に設置されているエレベーターは、向かいの壁の中央に足元から顔の正面まで続いている。
その2000mに及ぶガラスの道は、今ではその半分が雪に埋もれており、中からは雪の壁しか見えない。
昇りながら想う。
まだこんなことになる前のことを・・
都の郊外に建つこの塔に初めて訪れたのは、もう10年程前のことになる。
雲も殆ど無い晴れた初夏だった。
夏の一時期を除き先端が雲の中に隠れて見えないと云われている塔であるが、その日はその尖った頂上が遠くから良く見えていた。
遥か上空にある為ぼやけてはいたが。
この塔に来るには歩いて来ることを要求される。
巡礼者に謁見までの気持ちの整理を促すにも丁度良いと思われるが、これには他の理由がある。
人以外のものを寄せ付けないのだ。
塔を中心とする直径50kmは機械であろうと動物であろうとあらゆる乗り物を使えないのである。
植物だけは関係無い様で範囲内は巡礼者と植物だけが存在出来る特殊な場所となっている。
植物と動物の区別を何を以てするのか、微生物は何故存在しているのか、全ては彼女の影響だと云われている。
彼女の周りには丘が続き、塔までの道のりは穏やかな高低が続く緩やかにうねった道である。
丸一日を掛け塔まで辿り着き、その大きさに圧倒された。
1000mはあるというその幅は遥か3000m上空まで聳える高さと相まって、塔というよりこの世とそうでない所とを隔てる壁の様である。
塔の根元には高さ500m程の文字通りの壁が囲っており、歩いて来た道はそこで終わっていた。
目の前には門があり、前で立ち止まると独りでに開いていった。
そして中の庭が目に入った。
庭には何人かの他の巡礼者がいた。
まだあの頃は、大陸中、いや他の大陸からも多くの者がここを訪れていた。
私は塔の入口に向かい真っ直ぐ歩きだした。
他の巡礼者はこちらを見ようともしない。
彼らの顔には、謁見する勇気が出るのを待っている、不安と希望が見て取れる。
他の誰も入り口へ向かう様子が無いので、そのまま進んで行くことにした。
すれ違いざまにチラリと見る顔が驚きと恨めしさを覗かせる。
私は苛立ちを感じながら通り過ぎ入口へ向かった。
扉の前で立ち止まり、無意識に上を見上げた。
何という高さなのだろう、この中に彼女はおられるのだ。
ひと息大きく息を吸い、左側の扉に手を置く。
すると音も無くゆっくりと開き始め、そのまま中程まで開いて止まった。
右足を出し、扉の中を見回すが真っ暗で何も見えない。
恐る恐る足を進め中に入った。
後ろでゆっくりと扉が閉まり始め、外の陽差しが無くなり本当に真っ暗になった。
中の広さも何も分からない位真っ暗でこの先どうしたら良いのかと不安になる。
しかし5秒程して灯りが灯った。
灯ったというより塔の内部全体が昼の様に明るくなった。
その通り本当に内部全体が明るくなったのである。
塔の内部全てが見渡せるのだ。
柱も梁も何も無い、壁だけのとにかく広い部屋の中に突然放り出された。
そしてその左手の壁には2本の柱があることに気付いた。
少し青みがかった白色のその柱は彼女の足であることに気付いた。
何という大きさなのだろう、思わず上を見上げる。
とそこには現実にあることが信じられないものが壁に寄り添う様に立っている。
目が舞う様な感覚を受け他に目を向けると、明るい空間の中でより一層明るく光る場所が目に入った。
それは今居る場所から右手に200m以上行った所だった。
私はこの信じられない空間と信じられない彼女を見上げながらその場所まで歩いて行った。
そこは扉であった。
何の扉なのだろう、向こう側は判らない。
間近まで足を進めると扉は音も無く左右に開いた。
そしてその奥には小さな部屋があった。
躊躇しないで入った。
しばらく何も起こらず周りを見回していると、後で扉が音も無く閉まった。
急に不安になると同時に部屋の安定感が無くなった。
微かに揺れる様な感覚を覚え、体が微かに重くなった気がした。
何気なく後を振り向くと扉が透けており、その向こうには彼女の下腹部が見えた。
過去の思い出と今目にしているエレベーターとをだぶらせながら扉の向こうの彼女を眺める。
今の彼女は下腹部の直ぐ下まで雪に包まれている。そして、雪は降り続いている。
因みに、塔の入口からエレベーターまでは行政によって人が通れるトンネルが掘られた。彼女に逢う為に。
エレベーターが最上部に着くとそこは謁見室となる。
ここに着くといつも自分の顔が熱くなるのが判る。
目の前には彼女の顔がありその憂いに満ちた表情はいつも変わらない。
こちらが話し掛けるまでは。
ふと最初の謁見の時を思い出す。
多分恐れと恥ずかしさとで、なかなか言葉を出すことが出来なかったことを。
口を開いたまま体が固まったかの様に声を発することが出来ず、
勇気を振り絞ってやっとの思いで喉が音を出そうとしたその時、
それを待っていたかの様に彼女の眼が開いた。
ゆっくりとであるが絶対的な支配力を持って瞼が動いた。
現実に起こっていると信じられないその光景にもう二度と動けないのではないかと思う程体が固まってしまった。
そしてじっと私を見つめたまましばらく何も起きなかった。
もう二度と声が出せないと諦めた時、彼女の唇が開いた。
そしてこの世のものとは思えない澄んだそれでいて響きのある声が発せられた。
「何も迷うことは無いでしょう。南へ行きなさい。そして“そら”へ行くのです。」
その声は今でも忘れられない。
声そのものも忘れられないがその内容がそれ以上に忘れられない。
それは私が悩んでいたことへの答そのものだったのだ。
謁見室の前面の壁に向かい数歩前に進むと、壁が徐々に透明になっていく。
雪が降る寒さにより、壁が透明になっても所々曇っている。
そして彼女の顔がゆっくり浮かび上がってきた。
彼女の額には、縮小クローンの彼女が飾りの様に腕を拡げている。100mはある小さなその彼女もまた生きている。
そして更に巨大な彼女は、あの時の様に眼を瞑っていた。
何度謁見しても、その憂いに満ちた表情を直視することはいけないことの様に思う。
しかし一度見るともう目を離すことは出来ない。
そして、彼女の瞼が開くまで身動きも出来ない…